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2008年08月17日

小児がんの思い出 その5

14日にT大病院で聞いた内容と、その翌日、おばに電話で聞いた内容をまとめておきたいと思います。
ちなみにこのおばは、当時大学病院にて、治療中の自分に、
「大学病院は研究施設で、珍しい病気で入院中の自分は貴重な研究材料だからしっかり先生に研究してもらって、治してもらいなさい」みたいな内容の励ましや、眼科の先生に資料写真を撮影されている自分に「モルモットみたいだね」と言ってくれる、ちょっと言葉はきついかなと思うが自分の感性には合うやさしいおばです。(他の人が聞いたらどうとるかは別ですが?)
病院にて、先生に治療の要約をいただいて、また、その説明を受けてきました。
そこでわかったことは、病名は、左眼窩原発の横紋筋肉腫(胎児型)、遠隔転移なし(まあ、ここは、ほぼ知っていたことです)
ただ、ステージ3だったのは、ちょっと意外(1か2かと思っていた)まあでも、もしかしたらステージ3かもとは想定していないわけではなかった(文献で見てもその時点でもう眼窩原発なら生検優先となっていたようなので)。

要約をさらにまとめると
昭和60年(1985年)3月、眼科で生検にて診断
同年3月〜6月まで小児科に1回目の入院して

  • 放射線治療(52Gy)
  • 化学療法(VAC療法)

    • V:2mg/m2*12 1週間毎静注
    • A:0.015mg/kg/day*5days(2.1mg)*2
    • C:10mg/kg/day*3days(840mg)*2,20mg/kg/day(560mg)*3


その後退院して、4週間ごとに通院にてVAC療法を翌年8月まで計11回(当初予定では2年間)

  • V:2mg/m2*11 4週間毎、静注
  • A:0.015mg/kg/days*5days*11(2.1-2.25mg) 4週間毎、静注
  • C:10mg/kg/day*3days*11(840-900mg)、4週間毎、静注

翌61年4月〜7月、真菌性肺炎のため(2回目小児科入院)治療中断
という感じです。
一応、再発の可能性は1%以下(30すぎた今となっては他のがんになったりする危険の方がよっぽど高いと思います)
で、今後の注意点は、放射線照射部位の2次がん(まあピークの年代は過ぎているとのこと)とcyclophosphamideによる不妊(これもすぐには関係ないかな、相手もいないのでたらーっ(汗))
あと、当時自分は、病状の説明を受けていたのではないかと聞いてみましたがカルテには記録がなかったみたいで、先生は当時本人に病状の説明はしていないのではないかと言っていました。
それで、当時の状況をある程度知っている、おばに翌日電話できいてみたのです。(両親はもう亡くなっているので唯一聴ける人なので)
電話の内容を要約すると

  1. 病状の説明(概略)と治療方法の説明は早い段階でしているはずとのこと
    これは、両親と、祖母の方針だったとのこと(説明を理解して、試練?に耐えられる性格と見ていてくれたみたいですわーい(嬉しい顔)たしかに今思えば説明を受けなければ逆に治療に耐えられなかったと思います)
  2. 本人には当時はちゃんと言っていなかったみたいです(たぶん言えば治療をさぼると思った?か、単に自分が他の病気の治る確率と比較しなかっただけかも)が、眼窩原発の横紋筋肉腫の予後は比較的良好(他の小児がんに比べれば)だと言うのを説明を受けていたみたいです。(電話でおばも、適切な治療を受ければ死ぬような病気とは、聞いていなかったと言っていました。)
    それに、両親の職業柄(獣医師と薬剤師)からももっと詳しいことを聞いたり、調べたりして判断したと思います。
  3. 外来で化学療法(普通はやはり短期入院してするみたい)をしたのも環境のためみたい(万一なんかあっても応急処置ぐらいはできるのと、病床の空きや当時としては小児がんでは比較的珍しい告知(ただ他の慢性疾患の子なんかは受けてた)を受けていたことなども考慮して、先生も考えたのではと推測です。)
  4. 2回目の入院後、外来化学療法を本人が拒否したのを受け入れてくれたのも、おそらく、化学療法の副作用と、再発の可能性を検討して、本人の意思に任せて、どっちに決めてもおおかた問題ないと思われていたのでは?(まあ、先生は立場的にそのことを本人には絶対いえないだろうけど、治療研究とかにも差し障りあるだろうしたらーっ(汗))
    それに、絶対必要な治療・検査は、今までも押さえつけてでもやられていた。確か、入院中、骨髄穿刺を嫌がって、大暴れしたときも結局全身麻酔(ただこれも中心静脈カテーテル(ひじから入れるタイプだった今も傷跡が残っている)をいれるついでにやったと思う)でやられたりしたから、ただ、大暴れした後の全身麻酔(確かそのときはケタラールでやったらしい。父が動物の麻酔にも使っていたから名前は知っていた。比較的安全な麻酔薬、ただ、いまは麻薬指定されて使いにくいみたいです。)なので、けいれんを起こしたりで大変だったと聞いてはいるたらーっ(汗)(まあ、全身麻酔の危険性と、骨髄穿刺の痛みを比べて、それでも自分は全身麻酔を希望した。それで余計、骨髄穿刺を怖がるようになったみたいたらーっ(汗))ただ、この病院ではこの後、骨髄穿刺はついでがあるときは、他の子にも全身麻酔でやるようになったとかいう噂を聞いた。
  5. 上でかいたように化学療法を中止したのも、本当に必要(副作用の危険性より再発の危険性が非常に高い)なら、入院させてでもしていたのではないかと思われる。(まあ、こんなわがままな子供どうなってもいいと見捨てられた可能性も否定できないがふらふら)
  6. はっきり覚えていないが、それまで化学療法を続けていたのに急に嫌がったのは今思っても不思議だったが、真菌性肺炎の発症(実際は他にも帯状疱疹や菌交代がどうのとか言われたし右の視力も一時極端に落ちたり(無菌病室で虫眼鏡片手に本を読んだりした記憶がある)、高熱で幻覚を見た記憶もあるし、輸血をしたのもおそらくこの時で、たぶん、感染症で死に掛けていますがく〜(落胆した顔))後だったというのを聴いて納得できた(たぶん、感染症にまたかかる(かかったら死ぬかも)という漠然とした恐怖があったと思う)

ただ、こんなこと書いていてなんなんですが、ここに書いたのは今から20年以上前の話です。(当時本人は8〜10歳です。それもあって当時の記憶は結構あいまいです。しかもたぶん本当にいやだったことはトラウマで記憶を封印してるとおもうし)
今現在治療を受けている人は、上記のように治療を中止するとか、絶対まねしないでください(いい方に転ぶことはまずないと思います)。
今現在は、治療法も上記のような副作用(感染症や晩期障害など)を抑えるため、必要最低限と思われる量(元々症例が少ないのでこれがなかなかわからないとは思うが)しかしていないはずだし、副作用を抑える方法も格段とよくなっているはず、できることなら今の時代に治療を受けたかったと思うくらいです。
自分はたまたま運がよかっただけ(結果的に化学療法も今現在の標準量程度はやっているのでわーい(嬉しい顔))だし、周囲の環境も当時としては恵まれていたのもあった。(学校でも、病気のことでいじめられたりはなく普通の子供と同じに扱われていたと思うし、顔の傷跡や化学療法後髪の毛がなかった時も、必要なら自分で理由を説明してた。それに、必要なときは治療経過や、治療の見通し・方法も説明してもらえた(まあすべてを理解できたとは思わないが))
その後、高校くらいで、主に放射線治療の後遺症の治療法(角膜移植と眼内レンズ)の説明を受けたりもしているので、このときも、眼内レンズが40〜50年(長生きするつもりだったexclamation&question)もつのかが漠然と気になって聞いたりもしていて(その時点では、再手術とかはいやだったみたい、当時、大病院で実用化されたばかりの方法だったから眼科の先生も答えようがないことです。)、結局その時点ではやらなくて、30すぎた今頃になって(経済的・心理的な余裕ができたし、30年ぐらい持てばいいやと)、少しずつやっています。

また、書きたいことが出てくれば続きを書きますので、期待しないで待っていてください。
posted by にゃおたん at 10:01| Comment(4) | TrackBack(0) | 小児がん
この記事へのコメント
横紋筋肉腫の患者です。
3年前に原発して、去年再発しました。
懸命に治療したのですが、今は治療法がなくなり、免疫療法にトライしようと思っています。
病気を克服されていて、とても勇気づけられました。
私も、希望を捨てずに頑張ります^^

Posted by じゅん at 2010年07月10日 23:33
はじめまして
こんなページですが、お力になれて幸いです。
私の場合、いわゆる小児がんでの発病だったので
治療など違うところもあるかもしれませんが、
参考になりましたでしょうか
(成人の方かとお見受けしました。間違っていたら申し訳ありません。)
未来を信じていれば、希望も生まれますよ(*^_^*)
立ち止まると、ちょっと落ち込むことも(T_T)

これからも末永くよろしくお願い致しますm(_ _)m
Posted by にゃおたん at 2010年07月11日 07:13
こんにちは。今年2月に7歳で同じ病気を発症した子供を持つ親です。
当時は調べることも怖くて、精神的に立ち直れない状況でしたが、治療が進み終了が見えてきた中で、たどり着いたのがこちらのブログでした。
病気が治癒することはもちろん、放射線、化学療法の晩期障害の不安も残ります。
こうして病気を克服されている様子にどれだけに励まされるか、希望を持たせてもらえるか…本当に感謝しています。

元気な姿を発信して下さってありがとうございました。
Posted by 凌ママ at 2016年09月13日 12:32
凌ママ さん

コメントありがとうございます。
最近はこのブログも放置状態になっていました(^_^;)

最近も記事にはしていませんが
小児がん関連のイベント等にこそっと参加していたりしますので
見かけた際は 宜しくお願いします。
Posted by にゃおたん at 2016年09月14日 07:27
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